NEVER MIND THE SEX PISTOLS

SEX PISTOLSの有益な情報をお届けいたします。 パンクというロックのカテゴリーのバンドです。 ANARCHY!

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1978年1月12日ピストルズCains Ballroomでのライヴ「暖かいハイネケンを飲んだんだ」

CainsCains / nothing_beneath
Zipper1

1978年1月12日 セックスピストルズはオクラホマ州タルサにあるCains Ballroomでライヴを行っています。

2日後に「騙された気分はどうだい?」と言い放ったサンフランシスコWinterland Ballroomでの最後のライブですからピストルズ空中分解直前のライブです。


「私は彼ら(セックス・ピストルズ)が好きだった。
彼らのスタイルは失礼で、横柄、それについて悪びれてなかった。
それ以外のことは全くなかったし、新しいものをやりたかった」
ラリー・シェイファー コンサート・プロモーター



ラリー・シェイファーは1976年にCains Ballroomの運営を始め、多様化させようとしていました。

Cain's Ballroom / ilovemypit


そこで従来のカントリー・ミュージックから当時急増するパンク・ロックに目をつけています。

「私は、テキサスみたいにタルサを注目させるために代理人と関係を作っていた」

彼らにその行為の場を与え、カインが他のどこにも見られないような様相になった」



DSC03504 / liberalmind1012


ピストルズのCains Ballroomでのエピソードです。

ジョンライドン(ジョニー・ロットン)はショーの後プロモーターがビールを手にしているのを見つけてます。

彼ら(ピストルズ)はそれを飲みたがり、暖かいハイネケンを飲んだんだ。
そして、すべて飲みほし、もっと頼んでいたね」
ラリー・シェイファー


酒好きのジョン・ライドンらしい話です。この時期シドのドラッグもありバンドの人間関係はめちゃくちゃでお酒を飲まないとやってられなかったのかもしれません。

ピストルズが公演したCains Ballroomは現在もライブ音楽会場として運営されています。


Cain's Ballroom, Tulsa, Oklahoma / TexasExplorer98


Tulsa worldサイトに写真家Richard Galbraithが撮影したこの時の写真(シドヴィシャスが壁にパンチした跡やライブなど)が公開されています。写真でみるとこの日は雪だったようです。

tulsaworld.jpg


ソース:swiowanewssource

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ジョニーロットンがバズコックスのピートシェリーに告白?マンチェスターレッサー・フリー・ホール

ア・ディファレント・コンピレーション~ベスト・オブ・バズコックス
Zipper1

1976年7月20日 セックス・ピストルズはマンチェスターレッサー・フリー・ホール/Manchester, Lesser Free Trade Hallでライヴを行っています。

Free Trade Hall, Manchester / orangeaurochs


サポートはスローター&ドックス/Slaughter and the Dogsとこのライヴを企画したバズコックス。
The Best Of BUZZCOCKS FINEST


この日「ANARCHY IN THE UK」を初披露していてジョニーロットンはリハーサル時ポケットから紙を出して歌詞を確認していたのが目撃されてます。

ジョン・ライドンいわく「客はかなり入っていた」とのこと。

この日のバズコックスに対してのコメントです。

バズコックにはちょっと笑ったね。
まだ駆け出しの頃でさ。
でもあいつらはパンクの模倣じゃない、独自のものがあっていいと思ったよ。
古いキャプテン・ビーフハートの曲を演奏したのもよかったね。
『ワオ!なかなかじゃねーか』と思ったよ」
ジョンライドン
John-lydon-smoking.jpg
引用:自伝Still a punk


キャプテン・ビーフハートはジョンライドンのフェヴァリットバンドでもあります。

このライヴの前にジョンニーロットン、バズコッスクのピートシェリーに贈り物をして後悔しています。
PETE-SHELLEY.jpg

ギグの前にピートシェリーにバナナとリンゴをプレゼントしたのはちょっと悪趣味だったかな」


リンゴとバナナ

フルーツはゲイの意味があるそうです。

勘ちがいされると怖いプレゼントです。

海外でお見舞いにフルーツの盛り合わせなどもっていけないです。

▼Buzzcocks - breakdown 1976年7月レッサー・フリー・ホール

▼1ヶ月前の6月4日レッサー・フリー・ホールでのライヴ


関連記事:76’マンチェスター前座Slaughter & The Dogsピストルズ秘話

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チェルムスフォード刑務所ライヴ「こんな腐ったところなんかぶち壊せ、暴動だ!」

Live in Chelmsford
Zipper1

1976年9月17日、セックスピストルズはチェルムスフォード刑務所/Chelmsford Maximum Security Prisonでライヴを行っています。この時点ではシド・ヴィシャスは加入しておらずベースはグレン・マトロック。

この日ポールクック電気工の仕事辞めバンドに専念していて、会社の仲間とお祝いをした後でベロベロニ酔っぱらって駆けつけてます。

ジョニー・ロットンはこの日フロントに「No Future」バックに「Anarchy」と書かれたTシャツを着ています。

Chelmsford HMYOI Prison / sludgegulper


バンドは刑務所につくと機材のセッティングをしてその後保管用の施設で紅茶とサンドイッチを食べてます。

まったく不思議な雰囲気だった。
そこの囚人たちはスタッフとして働いていて、コック長は顔にひどい傷を負っていた。
多分誰かが彼の特権を嫉んだのであろう」
デイヴグットマン


看守はメンバーに「ヤジを飛ばされても気にするなよ。囚人達を喜ばせるのはむずかしいんだからな」刑務所内の500人の囚人の前につれられて看守が「あとよろしくな」といって鍵をして出て行ってます。
Live at Chelmsford Top Security Prison

ジョニー・ロットンはマスターベーションのポーズをとりながら登場。

「よう、マスかいてる坊ちゃんども女王陛下がヨロシクだってよ」
johnny_rotten.jpg


そういってアナーキーインザUKを演奏。
曲が終わると絶賛とブーイングの嵐となってます。
追い打ちをかけるように

「オモシロくないんだったらとっとと家に帰れよ」


ここで黒人グループのリーダーが看守に檻に戻りたいと合図して退場。

「なんで誰も立ち上がって踊らないんだ?」


規則だからダメなんだと囚人たちが口々に叫ぶ

「そんなルール知ったこっちゃない!
こんな腐ったところなんかぶち壊せ、暴動だ!」


保官たちが「座らないとギグを中止にするぞ」と警棒を振り回し囚人を席に座らせます。

バンドは演奏を続けると途中囚人のボスが看守をものともせず立ち上がっています。

ある保官は「セックスピストルズは囚人にうけがいいと思う」と語っています。

バンドは囚人たちを煽りつづけ大盛り上がりの中演奏を終えています。
演奏後囚人たちは廊下を通って檻のなかに戻されてます。

P1000023 / Ambernectar 13


刑務所を出るとバンドは一番近いパブに入り刑務所について語り合っています。
バンドの出した結論は
「刑務所にはいるのはごめんだ」
ということでした。

この後のジョニーロットンの感想

「本当に変な感じだった。
観客に女の子が1人もいないんだ」
ジョニーロットン
johnny-rotten-a.jpg



余裕ある発言ですが実際はジョニー・ロットンは「ヘタすりゃ殺されちまう!どうせなら派手にきめてやるぜ」という気持ちでステージに立っていたようです。

何人かが「来てくれてありがとよ」って言いに来たよ。
こっちも嬉しいよ」と俺は不思議な感動を覚えながら返答したね。
それまで俺たちに金を払ったり、ましてや礼を言ってくれる奴なんていなかったんだから」
ジョンライドン
John-lydon-smoking.jpg
引用:自伝still a punk



▼デイヴグットマンにいろいろいじくられた音源。観客の歓声やベースは後からかぶせられています(一説にはグレンマトロック自身がスタジオで録りなおしたとも)「Live 76」ボックスセットにもオリジナル音源で収録されてます


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グレンマトロック、ピストルズオーディション演奏曲「The Faces - Three Button Hand Me Down」

Three Button Hand Me Down (2015 Remastered Version)
Zipper1

1973年スティーヴジョーンズ、ポールクック、ナイチンゲールが結成した「ザ・ストランド」。機材は盗品でした。

この後にセックスピストルズと改名するバンドは決まったベーシストもなくそうとう演奏が下手だったようです。

マルコム・マクラーレンの経営する「レット・イット・ロック」に出入りしていたスティーヴジョーンズはなんとかマルコムの気をひきマルコムにバンドを見てもらうチャンスをえます。この頃のマルコムは店を通じて顧客のミュージシャン達とパイプがあったからです。

「マルコムはオレに引き寄せられたんだよ。
彼はおそらくオレがぶっ壊れた商品を見ていて、そんな人が好きだったんだろうよ」
スティーヴジョーンズ


その時のバンドを見たマルコムの感想です。

「彼らはちょっとお茶目で、ちょっとキチガイじみて見えていたから、オレはなんか同情みたいなもんを感じちゃったんだ」
マルコムマクラーレン(後のピストルズのマネージャー)
Malcolm-McLaren-f.jpg



こうしてベーシスト探しが始まります。
マルコムは土曜の夜だけ店で働いていたグレンマトロックがギターができると知り白羽の矢が立ちます。

マーキークラブでグレンとメンバーを強引に引き合わせています。

グレンマトロックのオーディションはウォーリーの家の近くで行われています。
「おまえ、何ができるんだ」

「フェイセズが好きだから彼らの曲ならできる『The Faces - Three Button Hand Me Down』なら知っている」
Glen_Matlock_face.jpg

この曲を演奏すると曲を弾き終わる前に

「彼なら大丈夫だ」と言って加入しています。

フェイセズの曲でセックスピストルズに加入したグレンマトロック。

2010年フェイセズ再結成でベーシストで参加しています。

The Faces - Three Button Hand Me Down


グレンマトロックから学ぶ陰口対処法「ロンウッド、イアン・マクレガンとディナーにでかけたんだ・・・」

引用:イングランドドリーミング

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ピストルズ100クラブ初登場で解散の危機!ジョニーロットン「なんだとマトロック!殺してやる!」

The Dodge Brothers at the 100 ClubThe Dodge Brothers at the 100 Club / p_a_h
Zipper1

1976年3月30日の夜セックス・ピストルズは初めてロンドンの「100クラブ」でギグを行っています。

観客は50人程度。ジョニー・ロットンは直前まで酒を飲んでいてベロベロの泥酔状態でした。
ジョニー・ロットン極度の緊張症だったためだと思われます。

演奏中ステージから真っ逆さまにひっくり返っています。

グレンマトロック:何やってんだ!
ちゃんとリズムに乗って歌え!
でなきゃ歌うな。
お前のせいでメチャクチャだぞ
Glen_Matlock_face.jpg 


ジョニーロットン:なんだとマトロック!殺してやる!殺してやる!
johnny_rotten.jpg


マイクスタンドによりかかってわめき散らしています。

「表へ出ろ殺してやる!」


ロットン、ポール・クックのシンバルをステージ脇に投げつけたマイクスタンドを倒しています。

演奏を続けていたギターのスティーヴジョーンズ、ロットンを思いっきり蹴り上げ、ステージ前に落としています。

ここでマネージャーのマルコム・マクラーレンが口を開きます

マルコムマクラーレン:ステージへ戻れ!
さもないと今日限りで何もかもおしまいだ。
わかったかクソガキ!
タクシー代だって出さないぞ!
malcolm-m.jpg


渋々ジョニーロットンがステージに戻るとスティーヴジョーンズがギターの弦を引きちぎって楽屋に引き返してしまったためショーは終了。

この晩、SEXの店員だったクリッシー・ハインドに紹介されクリス・スペディング(当時二人は付き合っていました)が訪れていました。

「ギグが終わると、ぼくはロットンをかばうようにして外に出た。
クリッシー(ハインド)、クリス・リッター(ダムド・ラットスキャビーズ)、ぼくのガールフレンドで、今はジョンライドン夫人になったノラ・フォスターなんかも一緒だった。
とにかくロットンはすっかり頭に血が上がっていて、グループを抜けると騒いでね。
ぼくはそんなことしちゃダメだと言ったよ。
ピストルズには何かあるとおもったからね」
クリス・スペディング (この後ピストルズをプロデュース)
Guitar graffiti


この後ジョニー・ロットン1週間消息を絶っています。

とりあえずセックス・ピストルズ解散はまぬがれてます。

ちなみにドラムのポール・クックこの喧騒の中黙々と演奏していたようです。

▼Flowers Of Romance #1 live at the 100 Club, London June 29th, 1976


引用:セックスピストルズを操った男

関連記事:海賊盤 And We Don’t Care クリス・スペディング デモ

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